遺伝子治療とは?実用化に向けた取り組みや現状の課題、今後の動向を解説!
生物の設計図とも言われる「遺伝子」。遺伝子治療は、遺伝子を編集あるいは操作して病気の改善を図る治療法です。従来の医学では治療が難しい疾患の根本的な治療が可能なケースもあり、医療関係者や難病を抱える患者など、多くの方から期待が寄せられています。
本記事では、遺伝子治療の概要や対象疾患、海外の状況を解説します。遺伝子治療の課題や今後の動向も紹介しているので、ぜひご一読ください。
遺伝子治療とは?
遺伝子治療とは、遺伝子機能を変化させて病気を治す治療法です。例えば、DNAの塩基配列に異常があるために生体組織や臓器が機能不全に陥っている場合、その細胞に外部から正常な遺伝子を挿入して治療する方法が挙げられます。
遺伝子を体内に挿入する方法は、大きくin vivo遺伝子治療(体内法)とex vivo遺伝子治療(体外法)に分けられます。
in vivo遺伝子治療は、正常な遺伝子をウイルスベクター(ウイルス由来で遺伝子を体内に送り込む役割を持つもの)などに搭載し、体内に直接投与する治療法です。ex vivo遺伝子治療では、患者から標的となる細胞を採取して、ウイルスベクターまたは電気穿孔法などにより細胞に遺伝子を導入し、再び体内へと投与します※。
遺伝子治療を実施する際は、事前に病気の原因となる遺伝子変異を持っているかの診断が実施されます(遺伝子診断)。患者の口腔粘膜や血液などから細胞を採取して、正常なヒトのDNAと異なる原因遺伝子の変異の存在が確認された場合、遺伝子治療の検討がなされる流れです。
遺伝子治療が注目される理由
遺伝子治療は、特定の遺伝子に異常のある疾患を根本的に治療する方法として、1980年代後半~1990年代から開始されました。その後、1999年にアメリカで遺伝子治療による死亡事故(Gelsinger事件)が発生したことなどから、安全性が問題視され、遺伝子治療に関する研究は低迷してしまいました※1。
遺伝子治療が再び注目されるようになったのは、2010年代前後です。アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを採用した遺伝子治療が、血友病や脂質代謝異常症などの様々な疾患で有効であるとの研究報告が複数なされました。各国の研究機関や製薬会社が遺伝子治療に参入し、現在では20以上の遺伝子治療薬が国ごとに承認されています※1。
近年、遺伝子解析のコストも低減し、遺伝子治療はさらなる研究が進められています。
日本でも、2019年に遺伝子治療薬「キムリア」(難治性の白血病などの治療薬)と「コラテジェン」(慢性動脈閉塞症で生じる重症下肢虚血の治療薬)が承認されました※2。遺伝子治療は新しい段階へ進んでおり、遺伝性疾患の難病を抱える患者の治療法として注目を集めています。
※1出典:日本医科大学医学会雑誌
「遺伝子治療の歴史」
2023年8月 第19巻 第3号 p. 199-204
※2出典:国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部ホームページ「承認された遺伝子治療製品」
遺伝子治療と再生・細胞医療の違い
遺伝子治療と似た用語に、「再生・細胞医療」が挙げられます。
再生・細胞医療は、体外で作製した新しい細胞や組織の移植により、失われた機能の再生を目指す治療法です※。一方、遺伝子治療は、正常な遺伝子などを利用して遺伝子変異による異常を軽減あるいは修復し、病気を治療する方法です。
遺伝子治療と再生・細胞医療は、働きかける対象や手法、技術に違いがあります。ただし、どちらもヒトの身体機能の再生を試みる点では共通しており、法的には遺伝子治療の製品も細胞医療の製品も「再生医療等製品」として扱われています。
近年では、遺伝子治療と細胞治療を併用した治療法の研究も進んでおり、両者は密接な関係にあります。
実用化が期待される遺伝子治療対象の疾患
遺伝子治療の実用化が期待されている疾患の一部には、次が挙げられます※1。
- パーキンソン病
- 副腎白質ジストロフィー
- 加齢黄斑変性
- メラノーマ
- 血友病
- アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症
- サラセミア
いくつかの疾患では、すでにアメリカやヨーロッパで承認されている治療薬がある状況です。ADA欠損症のような単一遺伝子疾患だけでなく、その他の疾患も対象として研究が進められています。
例えば、パーキンソン病の遺伝子治療では、ドパミンの合成に必要な酵素を生み出す遺伝子を、AAVベクターで送り込む方法が研究されています。
また、遺伝性網膜ジストロフィーの遺伝子治療では、AAVベクターに正常な「RPE65」遺伝子を組み込み、網膜の細胞に送り込む治療法が開発されています※2。
※1出典:国立医薬品食品衛生研究所遺伝子医薬部「遺伝子治療とゲノム編集治療の研究開発の現状と課題」
※2出典:日本医科大学医学会雑誌
「眼科分野における遺伝子治療」
2023年8月 第19巻 第3号 p. 242-246
遺伝子治療に関する海外の状況
世界の遺伝子治療の臨床試験数は、有害事象の報告などで一時伸び悩む時期もありましたが、2012年以降はおおむね右肩上がりに推移しています。2012年にヨーロッパでリポ蛋白リパーゼ(LPL)欠損症の遺伝子治療薬「Glybera」(現在は販売中止)が承認されたことも、臨床試験数の増加を後押ししています※。
その後、2015年にはヨーロッパで悪性黒色腫の遺伝子治療薬「Imlygic」、ADA欠損症の遺伝子治療薬「Strimvelis」(現在は使用停止中)が承認されました※。アメリカでは、2018年に遺伝性ATTRアミロイドーシスの遺伝子治療薬「Onpattro」が承認されています※。
国別にみると、2019年時点での遺伝子治療の臨床試験数はアメリカが6割を占める状況です。対象疾患別の臨床試験数はがんが多く、単一遺伝病や感染症が続いています※。
遺伝子治療の課題
治療薬の承認がなされ、実用化が進む遺伝子治療ですが、いくつかの課題も抱えています。以下では、4つの側面から、遺伝子治療で問題視されている課題を紹介します。
安全性の課題
遺伝子治療は遺伝子による根本的な治療が期待できる一方、安全性に課題が残ります。ひとつは、染色体への遺伝子挿入によって起こる発がんの可能性です※。その他、遺伝子を挿入する場合にウイルスベクターが利用されますが、そのウイルスベクターが増殖機能を獲得するリスクが想定されています※。
治療費の課題
遺伝子治療は、治療費が高額である点が課題です。特に、海外では承認されていても国内では未承認の遺伝子治療薬を選択する場合、保険が適用されず自費診療となります。費用が数百万円から数千万円にのぼるケースもあり、患者の治療費負担は大きくなります。
臨床開発に関わる人材・設備・資金の不足
日本の遺伝子治療では、臨床開発の人材や設備、資金が不足している点も課題です。遺伝子治療の研究者と研究費ともに欧米と比較すると少ない状況にあり、ウイルスベクター製造施設も不足しています※。今後、国際競争で生き残るためには、基礎研究や専門家の育成、遺伝子治療開発拠点の整備などが重要です。
ガイドラインや法律の整備
日本の遺伝子治療では、臨床研究法と遺伝子治療等臨床研究指針、カルタヘナ法の3つの法律に関する報告や審査、承認が必要です※。
FDA(アメリカ食品医薬品局)へのIND申請(新薬臨床試験開始申請)のみで臨床試験が開始できるアメリカと比較すると、臨床試験を開始するまでにいくつかのハードルが存在します。国際競争力の面を考えても、ガイドラインや法律の整備が求められています。
遺伝子治療の今後
日本では、遺伝子治療の基礎研究から実用化、その後の社会実装に向けて、再生医療とあわせて省庁の枠組みを超えた支援が実施されています。
例えば、再生医療・遺伝子治療の産業化に向けた基盤技術開発事業では、ヒト細胞加工製品製造基盤技術開発や高度創薬支援ツール基盤技術開発を支援しています。
遺伝子治療を含む再生医療は、失われた身体の機能を回復する新しい技術です。今後、高い成長率での市場拡大が見込まれる分野であり、患者へ安全かつ有効な遺伝子治療を提供するため、研究・開発が進められています。
再生医療や遺伝子治療の情報収集に「再生医療EXPO」の活用を
遺伝子治療は、世界各国の研究機関や医療関連企業で日々研究・開発が進む分野です。再生医療や遺伝子治療の情報を収集したい方は、ぜひ「再生医療EXPO」にご来場ください。
再生医療EXPOは、研究機器から輸送保管サービスまで、再生医療に関するあらゆる製品・サービスが出展される展示会です。遺伝子治療や細胞治療を含む再生医療に関するブースが立ち並び、最新の製品やサービスが展示されます。研究・開発が進む技術を、ご自身の目と耳で把握したい方におすすめの場所です。
また、再生医療に関わる方が多数来場されるため、自社の製品やサービスの効率的なアピールが可能です。関連する技術をお持ちの方は、展示会への出展を検討してはいかがでしょうか。
再生医療EXPOへのご入場にはWEBでの事前登録が必要です。詳細は、以下のリンクをご確認ください。
■第11回 再生医療EXPO 大阪
2025年2月25日(火)~27日(木) インテックス大阪
■第7回 再生医療EXPO 東京
2025年7月9日(水)~11日(金) 東京ビッグサイト
遺伝子治療は実用化への取り組みが加速している
遺伝子治療は、in vivo治療やex vivo治療などの方法により、遺伝性疾患を治療する方法です。パーキンソン病や副腎白質ジストロフィーをはじめ、治療の実用化が期待されています。近年の研究の進展を受け、各国で新薬の承認が進んでいる状況です。
一方で、安全面の課題や治療費の問題など、クリアすべき課題がある点も事実です。課題に対する改善策の研究も進んでいるため、最新の動向を把握しましょう。
再生医療EXPOでは、研究機器から輸送保管サービスまで再生医療向けの技術や支援サービスが多数展示されます。遺伝子治療に関する情報を収集したい方、関連技術をアピールしたい方は、ぜひ来場・出展をご検討ください。
▶監修:宮岡 佑一郎
公益財団法人東京都医学総合研究所再生医療プロジェクト プロジェクトリーダー
埼玉県出身。2004年、東京大学理学部生物化学科卒業。2006年東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修士課程修了。2009年同大学院博士課程修了。博士(理学)。2009年4月、東京大学分子細胞生物学研究所助教。2011年7月、米国Gladstone研究所、UCSFポスドク。2016年1月より、公益財団法人東京都医学総合研究所、再生医療プロジェクト、プロジェクトリーダー(現職)。2019年、科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞受賞。
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