希少疾患治療薬とは?指定基準や注目される理由、最新の動向を解説
希少疾患治療薬は、患者数が少ない疾患に用いられる医薬品で、日本では「希少疾病用医薬品」として指定されます。原則として国内患者数が5万人未満の疾患が対象ですが、指定難病など法律で定められた特例では、5万人を超えても指定される場合があります。
希少疾患は有効な治療法が確立されていないケースが多く、医療上の必要性が高いものの、採算性の問題などからこれまで開発が進みにくい状況がありました。
近年は、各国政府による支援や技術の進歩を受け、希少疾患治療薬に対する製薬企業の参入が増えています。本記事では、希少疾患治療薬の概要や指定制度の基準、注目される理由、最新の動向を解説します。
希少疾患治療薬とは?
希少疾患治療薬とは、難病とされる患者数の少ない疾患で用いられる治療薬です。
希少疾患治療薬は、オーファンドラッグ(Orphan Drug)とも呼ばれています。希少疾患は患者数が少なく、製薬企業にとって採算が取れにくいため、研究開発が後回しにされてきました。こうした疾患に対する医薬品は、開発の担い手を失った「孤児(オーファン)」のように扱われてきたことから、オーファンドラッグ(Orphan Drug)と呼ばれるようになりました。
医薬品は、病気の治療で重要な役割を果たします。研究開発が進まない状況を打開するため、日本では1993年から「希少疾病用医薬品」の名称で指定制度が開始されました。
指定を受けた希少疾患治療薬には助成金の交付や研究費の税制措置が受けられるなど、治療薬開発に向けた手厚い支援が実施されています。
希少疾患治療薬の指定基準
日本では、希少疾患治療薬の基準は以下と定められています※。
- 国内の患者数が5万人未満である(ただし、用途が指定難病の場合は法律上の規定人数までが対象範囲)
- 医療上、特にその必要性が高い
- 開発の実現可能性が高い
対象患者数の5万人は、日本の人口では約0.04%に当たる数です。指定の際は、対象患者数の他、代替する医薬品がなく医療上の必要性が高い点や治療効果に理論的根拠があり、開発の実現可能性が高い点が考慮されます。
国内外の希少疾患治療薬制度の比較
希少疾患治療薬の指定制度は、日本だけでなく海外でも施行されています。日本、米国、欧州の希少疾患治療薬指定制度の概要は以下のとおりです。
希少疾患治療薬が注目される理由
希少疾患は世界で約7,000種類あるとされていますが、そのうち約95%には有効な治療薬が存在しないと報告されています※。希少疾患に直面する患者やその家族、医療従事者は多く存在し、希少疾患治療薬に対して高いニーズがあります。
希少疾患治療薬が注目される理由は、このようなニーズを背景にグローバル市場の成長が見込める点です。各国政府の充実した支援も理由に挙げられます。以下では、それぞれの詳しい内容を解説します。
グローバル市場の成長
希少疾患治療薬のグローバル市場は、調査機関により推計値は異なりますが、2024年時点で約1,500億米ドル~2,300億米ドルとされ、CAGR(年平均成長率)は6~12%と報告されています※。今後も順調な拡大が期待される状況です。
劇的な成長の背景には、製薬企業の投資の増加やそれに伴うテクノロジーの進展などが挙げられます。新薬開発の余地が少なくなった生活習慣病領域と比較して、希少疾患領域はグローバルでの市場規模が十分に見込めるため、近年注目を集めています。
希少疾患治療薬に対する政策支援や規制優遇
希少疾患領域では、近年、各国政府が政策支援や規制優遇などを実施してきました。このような政府によるインセンティブが、希少疾患治療薬が注目される理由のひとつです。日本の希少疾患治療薬制度では、以下の支援措置が受けられます。
例えば、助成金の交付では、試験研究費の直接経費に対し、2分の1に相当する金額を限度とした支援措置が設けられています。
治療薬開発の最新動向
希少疾患治療薬は、各国の研究機関や製薬企業で開発が進められている医薬品です。以下では、希少疾患治療薬の承認状況やリアルワールドデータの活用をはじめとした治療薬開発の動向を解説します。
希少疾患治療薬の承認状況とドラッグラグ・ドラッグロス
近年、希少疾患治療薬の承認は増加傾向にあり、2010年~2019年の10年間で日本では日本で約184品目(抗がん薬84件、非抗がん薬100件)が承認されたと報告されています※1。一方、同期間に米国では158品目が承認されました。
2023年時点では、日本での希少疾病用医薬品の指定は432件、そのうち322件が承認済みとされています※2。さらに、PMDAは2024〜2028年度に累計150品目の承認を目指す目標を掲げています※3。
希少疾患治療薬の開発が各国で進む一方、日本ではドラッグラグやドラッグロスの課題が生じています。ドラッグラグは海外で承認された医薬品が日本で遅れて承認される現象、ドラッグロスは海外で承認済みにもかかわらず日本で開発や承認が行われない現象を指します。
ドラッグラグやドラッグロスの解消に向け、医薬品医療機器総合機構(PMDA)では、国際共同治験(MRCT:Multi-Regional Clinical Trial)の促進や知見・臨床研究ネットワークの拡充などの取り組みを進めています。
リアルワールドデータの治療薬開発への活用
リアルワールドデータ(RWD)とは、普段の医療現場の診療情報やモバイルデバイスの健康情報などから得られるデータです。
希少疾患は患者数が少ないため、治療薬開発に必要な無作為化比較試験の実施が難しいケースも存在します。リアルワールドデータは、臨床試験での十分なデータ収集が困難な場合のエビデンスとして利用が検討されています。
ただし、RWDはバイアスやデータ品質の不均一性などの限界もあり、解釈には慎重さが求められます。また、規制当局によってはRWDの承認判断での扱いが限定的であり、疾患や薬剤の種類によって利用可能な範囲が異なります。
例えば、がん治療薬であるパルボシクリブは、男性転移性乳がんの追加適応を取得する際に、臨床試験データを補完する形でリアルワールドデータが活用され、FDA(アメリカ食品医薬品局)承認につながりました。
また、デュシェンヌ型筋ジストロフィー治療薬であるビルトラルセンでは、リアルワールドデータを活用するCIN(クリニカル・イノベーション・ネットワーク)の手法を取り入れ、治験の早期終了に役立てられました。
希少疾患治療薬をめぐる企業の課題
希少疾患はその特性上、ペイシェントジャーニーを含むいくつかの課題を抱えています。以下では、希少疾患治療薬に関わる企業の課題を解説します。
ペイシェントジャーニーのサポート
ペイシェントジャーニーとは、患者が発症から診断、治療、支援を受けるまでの一連のプロセスを「旅(ジャーニー)」に例えて名付けられた用語です。
希少疾患は存在自体があまり知られていないため、診断までに数年を要することもあり、適切な治療開始の遅延や予後悪化につながることが報告されています。治療が開始されても有効な治療法が少ないケースもあり、ドラッグラグやドラッグロスも課題です。
希少疾患領域の事業に関わる際には、患者が抱える苦悩や問題に寄り添う活動が重要です。具体的には、企業が主体となって展開するSNSでの啓発活動や、医療機関や研究機関と共同で取り組むコンソーシアムの設立などが挙げられます。
臨床試験に必要なデータの収集
希少疾患は患者数が少ないため、治療薬の臨床試験に必要な被験者および試験から得られるデータの収集が難しい点が課題です。
そのため、近年は第1相試験と第2相試験を海外で行い、第3相試験の国際共同治験(MRCT)から日本での開発を進めるケースが増えています。日本の製薬企業の場合、MRCT前に日本人第1相試験を実施するケースが多く、時間と費用、開発遅延が課題とされてきました。
国は円滑な治療薬の開発のため、2023年12月25日付の「海外で臨床開発が先行した医薬品の国際共同治験開始前の日本人での第Ⅰ相試験の実施に関する基本的考え方について」のなかで、MRCT前の日本人での第1相試験の実施は、必要な場合を除いて原則不要とする考え方を示しました。
特に、希少疾患などアンメットメディカルニーズが高い医薬品は、適切なインフォームドコンセントの実施を条件に、日本人第1相試験を実施しなくてもMRCTに参加可能です。
なお、これまでどおり、可能な限り日本人の薬物動態の情報収集が望ましいとするスタンスは変わりません。したがって、希少疾患治療薬の開発を進める際は、PMDAとの事前相談や対面助言を活用した確認が重要です。
希少疾患治療薬の最新研究・技術動向を知りたいなら「バイオ医薬EXPO」へ
希少疾患治療薬の研究開発は、各国の政策支援のもと、多くの製薬企業や研究機関で進められています。最新の研究・技術動向を知りたい方は、「バイオ医薬EXPO」にご来場ください。
バイオ医薬EXPOは医薬品・化粧品の研究・製造に関する技術が一堂に出展される「インターフェックス Week」の構成展であり、バイオ医薬品の研究・製造に関する製品・サービスが多数出展される他、関連セミナーも開催されます。希少疾患治療薬の開発・研究・製造に携わる方が、最新の研究・技術動向の情報収集をするのに適した展示会です。
同時開催される「再生医療EXPO」では、再生医療・細胞治療に関する研究・製造技術が展示されます。ご来場いただければ、ひとつの会場でバイオ医薬品だけでなく、再生医療の分野での希少疾患治療薬の動向を知ることが可能です。
また、各展示会では、関連する技術の出展を受け付けています。希少疾患治療薬に関する製品・サービスの導入を目的に来場される方も多いため、関連する製品・サービスをお持ちの企業の方は、出展をご検討されてはいかがでしょうか。
各展示会の詳細は、以下のリンクよりご確認ください。
希少疾患治療薬は今後の市場拡大が期待される分野
希少疾患治療薬は患者数が少ない疾患の治療で使用される医薬品であり、オーファンドラッグとも呼ばれています。
希少疾患は医療上のニーズが高いにもかかわらず、開発のハードルの高さから、これまで研究が進めにくい状況がありました。近年では政策支援を背景にグローバル市場の拡大が予想されており、ビジネス機会が見込める分野です。
「バイオ医薬EXPO」や「再生医療EXPO」では、希少疾患治療薬の研究・開発に関する幅広い製品・サービスが集まります。希少疾患治療薬の知識を深め、同領域での事業開拓や課題解決のヒントを得たい方は、ぜひご来場ください。
医薬品開発やバイオ医薬品、治験、ペイシェントジャーニーについてより詳しく知りたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
▶関連記事:医薬品開発に必要なプロセスと期間とは?現状の課題や今後の展望も解説
▶関連記事:バイオ医薬品とは?種類・製法や期待されることを詳しく解説!
▶監修:山本佳奈
内科医、医学博士
1989年生まれ。滋賀県出身。医師・医学博士。2015年滋賀医科大学医学部医学科卒、2022年東京大学大学院医学系研究科(内科学専攻)卒。南相馬市立総合病院(福島県)、ナビタスクリニック(立川)での勤務を経て、現在、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所研究員を務める。著書に『貧血大国・日本』(光文社新書)がある。
▼この記事をSNSでシェアする
